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東京地方裁判所 昭和52年(レ)12号 判決 1978年5月29日

控訴人(附帯控訴人、以下「控訴人」という。)

ナミコ・サイトウ・テイラー

(旧姓 斎藤なみ子)

右訴訟代理人

寺沢平八郎

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

武蔵証券株式会社

右代表者

清水達也

右訴訟代理人

上野襄治

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として原判決に対する仮執行の宣言を求めるとともに、その訴を一部変更し原判決第二項を「もし右引渡が不能のとき又は日本国内において右引渡の強制執行ができないときは、右引渡に代え、本件口頭弁論終結の日(昭和五三年一月三〇日)の東京証券取引所における右銘柄株式の一株当の最終値による同株式一〇〇〇株分の金員を支払え。」と変更するよう求めた。

当事者双方の主張及び立証は、左に付加するほかは、原判決事実摘示第二の一、二項及び第三と同旨であるから、これを引用する。

(控訴人)

一  本件請求原因の第一項中、被控訴人が証券取引法二条九項所定の証券会社であることは認める。

二  三洋証券が本件証券を取得してから約半年間その名義書換手続を行つていないことに照らすと、同社はいわゆる呑み行為によつて本件株券を取得したものであることが明らかである。

三  <証拠略>

(被控訴人)

一  仮定的主張

被控訴人は、昭和四八年二月一〇日新興証券に対し池貝鉄工株式五〇〇〇株を含む一万八〇〇〇株の買付を委託し、新興証券は同月一四日東京証券取引所で右株式を買い付けた。そして被控訴人は、翌一五日新興証券から右株券の送付を受けたが、その中には本件株券も含まれていたから、同日本件株券の表章する株主権を取得した。

そして被控訴人は、昭和四九年四月三日新興証券に対し右本件株券を含む池貝鉄工株式五〇〇〇株の売付を委託し、新興証券は三洋証券に対し、同日右株式を売り付け、同月八日これを交付した。従つて三洋証券は右同日本件株券の表章する株主権を取得した。

以上のとおり被控訴人は、昭和四八年二月一五日証券市場を通じて本件株券を買い付け、その表章する株主権を善意取得し、次いで三洋証券は、同年四月八日被控訴人からこれを承継取得したものである。

二  控訴人の主張に対する認否及び反論

三洋証券がいわゆる呑み行為によつて本件株券を取得したことは否認する。証券会社が自己の計算において株式売買をし、それを保有することは法令上なんら禁止されているものではない。また仮に三洋証券が本件株券をいわゆる呑み行為によつて取得したとしても、右行為を禁ずる証券取引法一二九条の規定はいわゆる効力規定ではないから、その私法上の効力に消長をきたすものではない。

三  <証拠略>

理由

一被控訴人が証券取引法二条九項所定の証券会社であることは、当事者間に争いがない。

<証拠>を総合して判断すると、以下の事実が認められる。

新興証券は、昭和四八年二月一四日被控訴人からの買付委託により本件株券を買い付け、そのころ被控訴人にこれを交付した。被控訴人は同年四月八日ころ新興証券に対し右本件株券の売付を委託し、これを受けて同社は同日三洋証券に対し本件株券を売付交付した。三洋証券はその後池貝鉄工の株式事務を処理する中央信託銀行に対し本件株券の名義書換を請求したが、同銀行は本件株券につき既に除権判決が確定していることを理由にこれを拒絶した。そこで新興証券は三洋証券に対し、また被控訴人は新興証券に対し、いずれも同年一〇月一五日ころ、東京証券業協会の昭和二四年一二月一〇日統一慣習規則の二「店頭売買事故株券及び権利の引渡未済の処理等に関する規則」三条に基づく本件株券に代る他の株券交付の請求に応じて、池貝鉄式株式一〇〇〇株を譲渡引渡した。

以上の事実が認められ、反証は存しない。

右認定事実によれば、被控訴人は、昭和四八年二月一四日ころ本件株券の表章する株主権を善意取得し、同四九年四月八日ころ三洋証券にこれを譲渡したが、その名義書換ができぬことから、同年一〇月一五日ころ同社に対しその損害の賠償として他の株券を譲渡交付したものと認められる。

二他方、控訴人が本件株券につき盗難を理由として昭和四八年一一月一五日東京簡易裁判所に公示催告を申し立て、翌四九年九月一二日その除権判決を得、これに基づき新たに池貝鉄工株式の発行を受けたことは、当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、被控訴人が新興証券を経て三洋証券から代位取得したという株主権に基づくものであるが、その渕源をたどれば、右は、被控訴人が控訴人の本件株券喪失後である昭和四八年二月一四日ころ本件株券の表章する株主権を善意取得したことに由来するのであるから、被控訴人の右善意取得及び被控訴人から三洋証券に対するその承継が、その後の控訴人の申立に基づく除権判決によつていかなる影響を受けるかが本件の最大の争点であるので、以下この点について考える(なお、前示のとおり、控訴人が本件株券について公示催告を申し立てる前に、既に被控訴人は本件株券の表章する株主権を善意取得していたのであるが、この点は、その公示催告に基づく除権判決の効力を左右するものではない。)。

三本件株券の如き証書が盗難、紛失又は滅失(以下「喪失」と総称する。)した場合に、その喪失当時これを所持していた者が民訴法七六四条以下の規定により公示催告手続を申し立て除権判決を得るに至つたときには、その除権判決の効力により、右喪失した証書は将来に向かつて無効になるとともに、その申立人は右証書により義務を負担する者に対して右証書上の権利を行使しうる地位を回復することができる。

しかし、除権判決の効力は、本来右に述べた限度にとどまり、除権判決言渡当時右喪失した証書が表章していた実体上の権利関係にまで影響を及ぼすものではない。従つて、除権判決以前に、右喪失した証書を善意取得又は承継取得することはもとより可能であつて、この場合その取得者は除権判決があつてもその有する実体上の権利に消長をきたすことにはならないはずであり、被控訴人の主張もこれに沿うものである。

四しかしながら、翻つて法が株券等の証書に関して特に一般的な除権判決の制度を設けている趣旨について考えるに、証書の所持者がその証書を喪失した場合には、一般にその実体上の権利の証明が困難となること等から右権利を行使することができず、そのため証書上の義務者に事実上の免責を与える結果となることのあるのは明らかに不衡平であり、しかも右の場合に、当該証書を取得した者が他に存在しないことが判明している限り、証書を喪失した者に同証書上の権利を行使せしめてもその義務者に通常なんらの損害をも与えることはないのである。そこで法は、一定の手続を履んだ後、証書を喪失した者に対し、当該証書を所持しているのと同様の形式的資格を付与し、もつて喪失当時有していたと推定される同証書上の権利の行使を許容しようとするものであつて、右は本来の権利者を保護しようとする趣旨に出たものといえよう。

そして右制度の内容をみるに、法は除権判決を言渡す前提として公示催告手続を経ることを要求し、右公示催告の申立適格事由として証書の滅失のみならず盗取又は紛失についてもこれを認め(民訴法七七七条)、かつ公示催告期間を六か月以上とし(同法七八三条)、又公告の方法につき、裁判所の掲示板及び官報又は公報のみならず、三回にわたり新聞紙にも掲載することとし(尤も、戦時民事特別法廃止法律((昭和二〇年法律第四六号))付則二項、戦時民事特別法((昭和一七年法律第六三号))三条によれば、当分の間は、官報及び新聞紙をもつてなすべき公告については官報のみをもつてなすこととしている。)、更に裁判所所在地に取引所あるときは取引所にも掲示せしめるなど、一般の公示催告手続に比して特に慎重な手続を要求しているのである(民訴法七六六条、七六七条参照)。

しかして、右公示催告手続において、同催告にかかる証書上の権利を主張して裁判所にその旨の届出があつたときには、裁判所はその届出にかかる権利につき裁判の確定するまで公示催告手続を中止することとし(同法七七〇条)、この届出は公示催告期日終了後であつても除権判決前であれば適当な時間に届出があつたものとみなす(同法七六八条)が、ひとたび除権判決が言渡されたときには実体上の権利関係の存否を理由とする不服申立を許さないこととしている(同法七七四条)のである。

以上によれば、法は、喪失した証書について、その喪失後に同証書上の権利を取得する者が存在することを予想し、特に慎重な手続をもつてその権利者に対し裁判所へその届出をなす機会を与え、届出がない場合にはその証書を取得した者は存在しないものとみなして、申立人に右証書上の権利を行使しうる資格を付与するものとしているのである(なお、上記の如き公告の方法及び内容に照らすと、その公知性に今一歩欠け、殊に有価証券にあつては通常人がこれを取得するに際し公告に注意することを期待することは困難であろうと窺え、また、諸外国の立法例に比してわが国の公示催告及び除権判決制度には不備な点の存することが認められるが、いずれも立法の当否の問題であつて、解釈上特に重視すべき事項として勘案するまでには至らないものというべきである。)。

五他方、株式の善意取得制度は、株券が有価証券として輾転流通することから、その流通を保護するために、前者以前の実体上の権利関係の瑕疵について重過失なくしてこれを知らずに取得した者に対して、原始的にその株券の表章する株主権を付与するものであつて、右以上の要件を要求する民法上の善意取得制度と比べても明らかなとおり、その流通保護の趣旨を強化しているのである。従つて、除権判決前に証書を善意取得した者は、除権判決によつて形式的資格を喪失こそすれ、その有する実体上の権利には影響がないと解することは、正しく右の趣旨に沿うものといえよう。

しかしながら、前示のとおり、除権判決の前提たる公示催告手続は極めて慎重な手続をとり、権利者にその届出の機会を保障し、権利の届出があればその権利に関する裁判の確定するまで公示催告手続を中止することとしているのであるから、これと対比し、善意取得者がこの公示権催告手続を知り又は知りうべきであるのに裁判所に権利の届出をしなくとも、自己の有する実体上の権利になんらの消長もきたさず、単にその形式的資格を剥奪されるにすぎないとするならば、右のような公示催告制度は殆んど無意味な制度に堕するというも過言ではない。

なるほど商法は株式の善意取得を強く保護し、もつて株式取引の安全を図ろうとしているのであるから、この観点を重視すれば、除権判決前の株式の善意取得者が権利の届出をしなくともその有する実体上の権利には消長なきものと解すべきこととなるであろうが、他方法は公示催告及び除権判決制度を設け、権利者に対しその権利を届け出るよう求め、届出あるときには公示催告申立人と権利届出人間の実体上の権利関係についての紛争もまた一挙に解決されることを期待しているのである。

右のように趣旨の異なる両制度が存在し、互いに矛盾抵触している場合には、その解釈にあたつては可能な限り両者の調和を図るべきであることはいうまでもない。

六そこで右の見地から叙上の問題を考えるに、株券等が喪失した場合、これに対し、一方において元来の権利者を保護せんとする除権判決制度が存し、他方において右除権判決前に右株券等を善意取得した者を保護する制度が存するところ、右の両制度のいずれを優先せしめるかについては、立法的理念的には種々の考え方がありうるものの、現在のわが国における実定法の定めるところを前提とする限り、右両制度の調節は、右除権判決制度に内包されている公示催告手続にこれを求めるのが相当である。

即ち、上記のとおり法は、証書喪失者に対し、単にその喪失の一事の審査のみではこれに除権判決を与えず、その間慎重な手続をもつて善意取得者等にその権利の届出をなしうる機会を設け、かつ該届出があつたときはその者と証書喪失者間において実体上の権利の帰属を決する手続をも定めているのであり、しかも例えば、昭和五一年度において、全国の簡易裁判所に申し立てられた公示催告の件数が約九〇〇〇件であることは当裁判所に顕著であり、公示催告制度に対する社会的需要は決して少なくないと認められるのである。

従つて、右制度における公告方法の事実上の効果に若干の問題があるとはいえ、そのことから右公示催告制度、ひいては除権判決制度を結果的に無視する如き結論を導くことは妥当といえず、たとえ善意取得者といえども、公示催告所定の届出を怠つた場合には、最早その権利を主張しえざるものと解するのが相当である(右は善意取得制度に内在する制約でもあるというべく、又右の限度で除権判決にも一定の結果的な実体上の効果が認められることとなろう。)。

なお、手形、小切手などが通常その発行後さして遠くない将来のある時期における一回的給付を目的とする権利を表章しつつ流通し、その時期が到来するとその流通目的を終えるのが常態であるのに比し、本件の如き株券にあつては、その表章する権利内容も多様であり、発行した株式会社が存続する限り特別の事情がなければ事実上半永久的に流通するものではあるが、他面、手形・小切手などが流通それ自体を目的とするのに対し、株式には資産的側面もあることも含め、これを善意取得制度と除権判決制度との調整の見地からみるときは、特に株式のみを別異に解し、株式の場合に限り善意取得(取引の安全)を優先せしめる根拠に乏しいものというべきである。

七以上を本件についてみるに、控訴人は、被控訴人が昭和四八年二月一四日ころ本件株券の表章する株主権を善意取得した後の同年一一月一五日東京簡易裁判所に本件株券の公示催告を申し立て、その後同四九年九月一二日に至るも権利の届出がなく、東京簡易裁判所は同日本株券の除権判決を言渡したものであることは前示のとおりであるから、被控訴人から本件株券を承継取得してこれを所持していた三洋証券は右除権判決の言渡により、本件株券の表章する実体上の権利たる株主権を喪失するに至つたものというべきである。従つて新興証券が三洋証券から、被控訴人が新興証券から順次右株主権を代位取得するに由なきものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は失当である。

八如上の次第で、被控訴人の本訴請求(訴の一部変更前のものも含む。)は理由がないから、被控訴人の訴の一部変更前の請求を認容した原判決は不当であるのでこれを取り消し、被控訴人の訴の一部変更後の請求を棄却し、合わせて附帯控訴も理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小谷卓男 飯田敏彦 佐藤陽一)

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